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酒友⑫ 高橋和巳 - 粕谷隆夫

2021/03/02 (Tue) 07:53:40

 それは深海からゆっくり浮かび上がってくる巨大な黒鯨のイメージだった。小生、17歳~19歳のはるか遠い時でありました。彼は当時の若い読者を熱狂させました。そして40歳の若さで亡くなり、また深海に沈み込んでいき、再びの熱狂ブームは訪れなかったのです。今までの日本の作家とはまったく異色で、『苦悩教の教祖』と呼ばれたが、ちょうどドストエフスキーの長編とかさなり、奇妙な観念の渦に巻き込まれました。

 彼の酒暦はそうとうに古いと自ら語っていますが、小品の随筆に息抜きの気配が感じられ、ホッとします。たとえば【酒と雪と病】。マルメラードフと孔乙己を、救いがたい《酒悲》のかたちの双璧とよんでいます。人のいるところには必ず、葛藤と悲哀はあり、酒のあるところにはまた必ず、忘我と、それに背反する酒の悲しみというものがある。「いいお酒ですな」と人に感心されるようなのみかたが、あんがい静かな絶望の表現であったりする。

 彼は雪景色の小さな旅に癒されるが、そのあと病を得る。『そしていま私は、あの《酒悲》のほかに、すぐ手のとどくところに一升瓶があり、あの特有の色彩を懐手してながめることができながら、それをのむことが禁止されているという悲哀のかたちのあることに気づかねばならなかったのである』。最後の言葉が良い。『酒ずきの人がのみたいと思いつつ、のむことを肉体的にゆるされない状態を、中国語でなんというのかを私はしらない』。

 河出書房新社【高橋和巳作品集】全9巻別巻1は、小生の書庫に眠っています。

緑雨警語の「半文銭」から 村野克明

2021/03/01 (Mon) 23:05:32

 冨山房百科文庫「緑雨警語」をその後、読み進めてはいるが、ほんとに、わからない。「理解した」という感覚にならない。

 が、それはともかく、粕谷発行人の「酒友」連載に触発された、という意味で、以下、「太平洋」という週刊新聞に斎藤緑雨が明治35年(1902年)2~8月に連載した警語集の「半文銭」の中から、一件のみ、まるまる、引用する。読みやすくするため( )を附し、分かち書きとした。

―― 血といひ、汗といひ、或(ある)時は涙といふ。これを以て誠意を表し、熱心を表し、或時は真情を表すとなせるは、もと夷狄(いてき)の発明也(なり)、舶来式也。

 言霊(ことたま)のさきはふ(幸はふ=活発な)我邦(わがくに)の文学は、かかる迂遠の顔料に由(よ)りて、まさきく(ま幸く=幸いに)の光彩を今に放てるにあらず。

 隆昌を極めたりときこゆる徳川文学の如き、更に分(わか)たば江戸文学の如き、其(その)生粋を洗へば茶と酒となり。

 以上は、「緑雨警語」186頁から。

 ご覧の通り、つまるところ、<茶と酒>、です。

近況報告 村野克明

2021/03/01 (Mon) 20:18:21

現代ロシアで活躍中の詩人が書いた短いベルベーロワ論は、今月中に、高柳さん宛て、原文と拙訳を送りつけて、ご意見を伺う予定。

そのあと、ネット上の発表だと著作権問題が気になるので、PDFファイルを「水源地」吉澤編集長に送付し、そのプリントしたものを天道氏へお渡し頂ければ、幸甚。

本日、粕谷発行人の文章に続けて書いた小生の「文壇諷詩曲」の、「現国」教科書の効用のくだりで、肝心のロシア文学作品が漏れていました。

すなわち、神西清訳のガルシン「信号」。

雪害とボランティア - 成田傑

2021/03/01 (Mon) 11:02:39

TVニュースでは山火事を気象情報に変わると桜の開花予想を報じている。
さて北海道では、岩見沢市の雪害。若者ががんばっている。

以前にも書いたが西風の通り道一帯が雪に遭えいている。
昨日の朝刊より。一行ほど欠けてしまった。

坊ちゃん - 成田傑

2021/02/28 (Sun) 20:49:26

粕谷氏の紙束より

「だから清の墓は小日向の養源寺にある。」
「だから」を評したのは井上ひさし「自家製文章読本」?

今小学校では、あだ名はいじめの温床となるとして「…さん」と呼ぶようになってきているようだ。

Re: 半藤一利 Ⅰ - 成田傑

2021/02/28 (Sun) 20:51:51

夏目伸六「父・夏目漱石」文春文庫1991年7月10日の解説は文藝春秋社員 半藤一利 となっていた。
(…その後、縁あってわたくしは義理の叔父・甥の関係となって、…)

Re: 半藤一利 Ⅱ - 成田傑

2021/02/28 (Sun) 20:54:02

半藤一利はやはりこちらの作品か。

下段の一行欠けてしまった。
「半藤の書は教えてくれる。」

村野さんと二人の作家 - 粕谷隆夫

2021/02/28 (Sun) 08:00:26

 左手に満月、右手に黎明を背にした筑波山のシルエット。車内の音楽はC.C.R.の『雨を見たかい』。関東はまったく雨が降っていません。

 関越自動車道がない昔は、高崎に向かうには国道17号のみなので、17号と利根川にはさまれた信号の少ない『本庄妻沼線』を小型車は走ります。途中に【血洗島】があり、深谷まで来たなと思いました。

 小熊秀雄が皮肉ったのは小林秀雄でしたか。『呪われろ、死んでしまえ、深刻好きな君』ですか。岡本かの子に対する言葉は、今では物議をかもすのでは。

 なつかしく思い出すのは、村野氏の持続する情熱で、知り合ったころ二人の作家を熱く語っていたことで、その姿勢は四年間変わらなかった。その二人とは、『大岡昇平と阿部知二』でした。【成城だより】の話もしていたので、終生注目していたのでしょう。

 極貧の詩人・小熊秀雄の葬式に尽力した人の一人に平野謙が出てきました。高校時代から浪人時代の中での小生の問題意識の一つが、赤貧洗うがごときになってまで芸術をやるの?でした。ありました、ありました。平野謙【芸術と実生活】(新潮文庫)¥130。ボロボロ。1971年10月18日読了。ずいぶんと線を引いてあります。出だしはこうである。『芸術と実生活』あるいは『実行と芸術』という問題は歴史的な由来をもっている。それは明治四十年前後の自然主義文学の勃興とともに提起されたものだ。

 ある時、高校の周囲の文学仲間に言いました。『水上瀧太郎みたいな生き方がベターじゃない?』。みんなに馬鹿にされました。

Re: 「文壇諷詩曲」 村野克明

2021/03/01 (Mon) 13:15:51

(以下、感想です。)

 小熊秀雄の「文壇諷詩曲」の中の、小林秀雄宛てのあの部分は、小林訳「地獄の季節」のどこかのパロディではないか。「地獄行の終電車」、という表現でそう思った。(ウラを取ってるわけにあらず)

 中原中也宛てでは、むしろ、同じ詩人同士、同じクセ者同士、敬意を払っているようにも見えた。

 岡本かの子の個所では、瀬戸内寂聴(晴美)を連想した。
「仏の路を説こうとも」云々に。

 以前、古書展で、かの子の(仏教の)説教本を手にした際、これがあの、かの子さんかと驚いた。
やっぱり、「女臭い許り」(小熊の評言)の、一連の短編小説の方が、いい。

 ちなみに、「文壇諷詩曲」で林芙美子をどう扱ってるかは、以下。

「女の羽ばたきの弱さを売文する林芙美子
 神よ、彼女が世界中の男を知っているような口吻をもらすことを封じ給え。」

 このあと、谷崎潤一郎が続く。

「平素は遠雷のような存在
 思い出したように作品を堕(おと)す
 谷崎潤一郎は御神体のない拝殿のように大きい。」

 「三木清はー工業用アルコール」「ツンと鼻にくる。」と小熊に評価された、その三木清をモデルに阿部知二(1903~1973)は最後の長編小説「捕囚」(1973)を書いた。

 昭和20年の8月に戸坂潤(1900~1945.8.9)、9月に三木清(1897~1945.9.26)と続けて獄中で果てた。どちらも京大文学部哲学科出身、西田幾多郎の門下生。

 三木については昨年(?)NHK Eテレの「100分de名著」が、その「人生論ノート」を取り上げた。

 ちなみに、阿部知二の子息が阿部良雄(1932~2007)で、ボードレールの研究家。ウィキペディアによると、安倍知二の従兄が木村毅(明治文化研究家)。

 大岡昇平の存在は、中学だか高校の「現国」教科書で「俘虜記」の、例の「米兵」を前にしての「撃つ、撃たない」の場面で、知った。

 私の場合、「現国」は大きかった。魯迅も(竹内好訳「故郷」)、太宰治も(いいとこ取り抜粋の「富嶽百景」)、志賀直哉も(「網走まで」)、教室で知った次第。(梶井基次郎はどうだったか?)

 とにかく、教科書会社と文部省には感謝しなくちゃ。

P.S,
小熊秀雄「文壇風刺詩篇」「文壇諷詩曲」「文壇諸公に贈る新春賀詩」で、やり玉に挙がったり、注文をつけられたりは多数に上るが、その対象から洩れている「大物」は、永井荷風と金子光晴、宮沢賢治くらい(小熊が全く読んでなかったからか?)。
 ただし、小熊が筆を執った時にすでに物故していた詩人・作家は含まれていない。


満開の河津桜 - 吉澤稔雄

2021/02/27 (Sat) 13:49:12

晴れてはいるが、気温は低めで、北の風がやや強めに吹いている東京北部。出かけるべきか否か、ちょっと迷いましたが、結局また河津桜の様子を見に行ってきました。

ご覧のとおり、満開になりました。今年もまた見事に花が咲き揃いました。

寒風に震える花びら - 吉澤稔雄

2021/02/27 (Sat) 14:06:09

寒風に震える花びら。しかし、それを見る人の心には何かほっこりしたものが宿ります。いやぁ、やっぱり桜っていいですねぇ。

メタセコイアの並木道 - 吉澤稔雄

2021/02/27 (Sat) 14:16:42

公園入口近くのメタセコイアの並木道。こちらはまだ冬枯れの風景です。

今日も10kmほど歩いてきました。

自然界の生き様 - 成田傑

2021/02/26 (Fri) 13:39:11

今朝の新聞より

野付半島(道東)の野性を切り取った写真。
よく見ると怖いです。

Re: 自然界の生き様Ⅱ - 成田傑

2021/02/28 (Sun) 16:46:09

順番を間違えました。

粕谷氏の紙束より - 成田傑

2021/02/25 (Thu) 13:32:02

粕谷氏の紙束にはどこの社かいつの物か(日付)わからぬものが多い。
と一言断りを入れ二葉亭四迷の記事。

ロシア語文献の入手目的だったと書かれているが詳細は昨年の4月に発表されているのかな。

Re: 「編集者をつくった本」 - 成田傑

2021/02/25 (Thu) 13:33:46

2月10日の朝日新聞より

「編集者をつくった本」に中村光夫の「二葉亭四迷伝」が取り上げられていました。

Re: 中村光夫全集 - 粕谷隆夫

2021/02/27 (Sat) 06:56:02

 『編集者をつくった本』奇妙な題と感じました。今回は筑摩書房の方でしたか。

 むかし男ありけり、今は昔。どうも想い出話が多くなります。1973年大学2年の夏休みに入る時、司書のかわいいSさんから、『この8月に中村光夫全集16巻が完結し、9月に書架に並びます』とささやかれました。うれしい。われらの下宿は行き止まりの西岡水源池にあり、成田さん、村野さんをはじめ、長い付き合いになる友人たちが集まっていました。札大露語教授になる山田さんも、実家が雪に閉ざされる冬期間だけ下宿していました。

 9月のさわやかな秋天の午後、第6巻の『作家論④』を手にした感触は鮮やかに記憶しています。中心は小林秀雄で、【Ⅹの手紙】と【テスト氏】を中村がどう料理しているかでした。このとき、神西清【散文の運命】にもはじめて出会いました。

 時々、肩から掛ける小さなカバンにこの全集を2冊入れて誰もいない水源池を散策し、そのあと西岡ガーデン(水源地内にありました)でビールや般若湯を味わいながら熟読しました。眠くなると、この2冊はちょうど良い枕になるのです。まさに失われた時を求めて、小林秀雄の【秋】の舞台です。

 このようにのんびりしていると、『せりふ覚えたのか』と叱られます。初冬に演じるロシア語劇『どん底』の男爵役でした。また『粕谷さん、中村光夫という奴は、小林秀雄の尻について、そのあとをほじくりまわしてばかりいる男だ』と言われ、『誰が言っていた』『詩人の小熊秀雄です』。これを語ったひとは村野さんです。

Re: そんなこと言いましたか 村野克明

2021/02/27 (Sat) 11:30:30

粕谷 様

(小熊秀雄が)小林秀雄の尻云々、とそんなこと私が言いましたか。まったく記憶になし。(小熊は文壇風刺の詩を書いていたので、その中の文句だったかもしれません。)

中村光夫は「小林秀雄の蒔いた種を拾ってるだけだ」と悪口言ったのは花田清輝かと思っていました。
だけど、中村の「二葉亭四迷伝」みたいな仕事は花田にはできない、です。

私は、小林秀雄は、高校受験の国語の試験に出て来るんじゃないかと、中三で読んだのが最初です。が、当時、読んでも何を言ってるのかわかりませんでした。あの調子(「小林節」)には引っ張り込まれたわけですが。ただし、(もう少しあとだったかに読んだ)「ドストエフスキーの生活」が(私には)よかった。

あとは皆さんと同じようなもので、小林のまわりの河上徹太郎、中原中也、中村光夫、大岡昇平などに目が行くわけです。小林が座談会で言ってましたが、「みんな、ロシア文学には世話になった」と。小林のドストエフスキー、河上のシェストフ、中村の二葉亭、ときて、(大学は違ったが同じ仏文仲間の)大岡さんだけがスタンダール。

もっと遡れば、芥川龍之介、広津和郎(チェーホフ)、宇野浩二(ゴーゴリ)など大正文士たちは皆、英語でロシア文学作品を読んでました。有島武郎は英語で「アンナ・カレーニナ」を読んでいた。

あの日夏耿之介ですら、若いころ、丸善から英語のツルゲーネフ全集を買い込んで、枕元に積んで、寝床(?)で読んでいた、と、何かの随筆に書いてました。

みんな、二葉亭の翻訳だけでは、追っつかなかった、そういう時期があったわけです。(その後、昇曙夢、米川正夫、神西清などが活躍しだすわけですが)

小熊、花田でとどめておくべきところ、またまた、脱線しました。あしからず。(ボケの証拠か・・)

最後に一言。このジャンルでは以下の書物がお薦め。

―― 蓜島亘「ロシア文学翻訳者列伝」(東洋書店、2012年3月8日刊)。

Re: 付記 村野克明

2021/02/27 (Sat) 21:11:21

小熊秀雄(1901.9.9小樽市稲穂町生~1940.11.20東京都豊島区千早町歿)が中村光夫のことでそんなことを言ったのかについて、「小熊秀雄全詩集」(1965.11.1、思潮社刊)で調べたが、中村光夫はどこにも出てこなかった。

すなわち、「文壇風刺詩篇」の17人の詩人・作家宛の詩篇、「文壇諷詩曲」(70人の作家・詩人たちをやり玉に挙げる)、「文壇諸公に贈る新春賀詩」(十二人が対象)に、小林秀雄、河上徹太郎は登場するが、中村光夫は現れない(当時、無名に近かったからでは?)。

「文壇諷詩曲」の中で小林秀雄については以下。

「細々とした文章の長さの中で
 眼だけ光らしている小林秀雄よ
 呪われろ、死んでしまえ、深刻好きな君が
 地獄行の終電車に乗り遅れた格好だ。」

河上徹太郎については三木清と並べて、以下。

「河上徹太郎はー蒸留水
 三木清はー工業用アルコール
 前者は栄養にならず
 後者はツンと鼻にくる。」

これに続いて岡本かの子が登場。

「岡本かの子は仏の路を説こうとも
 あなたは女臭い許りだ。」

同じ「文壇諷詩曲」で中原中也をこう扱う。

「中原中也は書くものより
 名前の方がずっと詩的だ
 そっと尻をさするように人生に触れる
 せいぜい温湯(ぬるまゆ)の中で歌い給え
 彼にとって詩とは不快感を宣伝する道具だ。」

私は、小熊秀雄は、札大在学中に、札幌の本屋さん見つけた新書版の「小熊秀雄詩集」(その後紛失)で知った。旭川市内のどこかの団体が発行したものだった。それ以来、小熊秀雄は旭川生れの詩人かと思っていた。旭川新聞社で働いたことがあるが、生れは小樽。子供の頃、樺太にいたこともある。

長い叙事詩の類いも壮観だが、その短い抒情詩の類いが、(私には)心に残る。

亡くなった時は39歳。極貧で葬式代のカネがなく、大井広介、杉山英樹、平野謙の三人が、「槐」「現代文学」の売上金を用いて、詩人を葬った。

Re: 小熊秀雄 - 成田傑

2021/02/28 (Sun) 16:43:57

昭和53年頃の北海道新聞。
かなり読みづらい状況になっています。

Re: 北海道新聞の記事 村野克明

2021/03/01 (Mon) 23:36:25

成田 様

昭和35年頃の北海道新聞の記事、どうもありがとうございました。「

「天業」なんて言葉、初めて見ました。

日中往復はがき詩集、漫画台本、これもまだ、観たことがありません。

そのうち、どこかの図書館で、全集を覗いてみます。

全国樺太連盟の解散 - 成田傑

2021/02/25 (Thu) 12:20:28

私の両親は、樺太からの引き揚げ者である。
両親とも亡くなり会費を納めなくなっても樺太新聞(機関紙)が届いていたようである。
引き揚げ者も高齢になりジリ貧の組織であることは誰もが認識していたことではあるがついにこの時を迎えたかと思う。

Re: 樺太鉄道 - 成田傑

2021/02/25 (Thu) 12:22:14

樺太連盟解散の記事を読んだ翌日、粕谷氏より紙束が届く。
その一枚に「日本の鉄路終着」があった。
小見出しには、賢治のり乗り「銀河鉄道」着想とある。

鉄路が狭軌道から広軌道に入れ替わったとの記事。
父は樺太鉄道の機関士だった。戦後GHQの召喚を受け真新しい褌を締め東京へ行ったという。
理由は分からぬが生きて帰れぬかもしれない思いの褌だったに違いない。
結果は、地形や気象に関する情報収集だったと言っていた。

樺太に関わる個人的思い。

Re: 長い付き合いだぜ - 粕谷隆夫

2021/02/26 (Fri) 07:40:19

 朝、ホットコーヒーを片手に談話室を開くと『あれ~』となる。ご両親は樺太引き揚げ、さらに御尊父が樺太鉄道の機関士だったという話、大学時代に成田さんから聞いた記憶はありません。相変わらず口数が少なく、自分のことをあまり話さない御仁ですな。

 『俺が生まれたところは十勝の浦幌だ』という一言を覚えていたので、センチメンタルジャニーの途次、浦幌駅に立ち寄りました。静かで清潔な街でした。そこから大樹、更別に向かいましたが、十勝河口橋のあまりの川面からの高さに恐怖を感じました。『浦幌で生まれて赤平に行った』ことや、大夕張行きのバスが頻繁に札幌のバスターミナルから発車していたことを何故か思い出しました。

 樺太からの引き揚げ者は個別に戦後の日本社会に入っていくので、【故郷】を失った経験を家族や周囲の人々と共有できるとは限らない。そこで樺太出身者の集まりの連盟が心の支えとなった。しかし、【生きて帰れぬかもしれない思いの褌】、これは小生の恩人の一人だった今は亡き大工の棟梁が泣いて喜ぶ逸話ですよ。

 最近の樺太関連で面白かった本は、梯久美子【サガレン】(角川書店)、ノンフィクション本大賞ノミネート。

ベタ記事に注意 - 粕谷隆夫

2021/02/25 (Thu) 06:11:22

 むかし居酒屋で、老新聞記者と雑談した折、経済はベタ記事に注意しろと言われました。批評家や分析家は飾り花と同じで、経済の大河の表面を漂っているだけにすぎないという意味らしい。【資本と数字】の動きに注目するように。それでも振り返れば逃げられない大事件を生んでいる。『君、人生は短いよ』。

 JTBが23億円の資本金を1億円に減資した。この企業は非上場だが、売上高1兆円、グループ従業員2万人以上である。『ははあ、やりやがったな』。税法上は中小企業扱いになる。すなわち、【外形標準課税】が免除される。同様の動きはスカイマークや毎日新聞という会社にもある。しかし、以前、経営再建中のシャープが同様の動きをしたが、批判を受けて断念したと記憶しているが・・。

 『日本交通公社』は人気上位の就職先だったし、同じく人気の『日本航空』も、スチャーデスさんが車販売会社の受付を担当しています。【就活】や【人気会社】とは、どんな意味を持っているのか?

珍百景 - 粕谷隆夫

2021/02/24 (Wed) 09:29:49

 『見たか、見たか』とうるさかった。毎週日曜日夜6時30分、テレビ朝日の【珍百景】に小生の長い付き合いの二本松の親分の【豪邸/東京ドーム22個分の庭】が登場しました。2月21日放映。

 『民放など見ない』と答えました。ここに小生を模したお地蔵さんがあります。


Re: 粕谷地蔵 - 吉澤稔雄

2021/02/24 (Wed) 09:50:34

「二本松豪邸・地蔵」で検索しました。お地蔵さん、これですか? 粕谷地蔵はどれ?

Re: 建白書 - 粕谷隆夫

2021/02/24 (Wed) 11:35:53

 むかし、小生サラリーマンのころ、【物流建白書】を作成しました。これからは、どんな大きな物流会社も、どんな小さな物流会社も、運送単体、倉庫単体では生き残れない。どんな零細企業も2刀流(二天)を追求すべし。五台のトラックを十台にするなら(投資金額6千万)、倉庫建設に投資するべき。倉庫業も足を自前で持たない限り、営業開発が困難になる。

 この建白書を採用したのが二本松の親分で、みるみる会社が大きくなり、感謝のお地蔵さんになりました。結果的には、小生の方が、後日助けられましたが・・・。お地蔵さんの前に名札がありますが、三百体を越えているので探すのは大変ですよ。

 夏にフェスティバルを開きます。二本松の市長や市民がたくさん一杯やりにきます。吉澤編集長ご一緒に。過去に峯雲先生も参加しましたよ。宿泊は岳温泉の東館。

マイク・モラスキーと内田樹 - 天道公平

2021/02/22 (Mon) 05:57:17

私にとってマイク・モラスキーは、『戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ』(青土社)と『占領の記憶/記憶の占領 戦後沖縄・日本とアメリカ」(青土社)を著したジャパノロジストであり、前者を発展させた名著『ジャズ喫茶論 戦後の日本文化を歩く』(筑摩書房)の著者であり、ジャズ・ピアニストである。

私にとって内田樹は、エマニュエル・レヴィナスの『困難な自由』(国文社)の翻訳者であり、レヴィナスの思想をなんとか日本語に移し換えようと四苦八苦しながら悪戦苦闘してきた研究者であり、日本におけるレヴィナス研究の先覚者であり、凱風館(内田樹の運営する合気道場兼私塾)・館長の武道家である。

『呑めば、都』と『サル化する世界』を読んだことがある粕谷大人は、この程度のことは著者経歴を見て情報としては知っているのでしょうが、おそらくその内実とは無縁だったのでしょう。

この著者との出会い方の差が、私と粕谷大人との反応の差となって現れてくる。

マイク・モラスキーを紹介する際に、『呑めば、都』を持ち出すだけでは彼の魅力が半減する。『戦後日本のジャズ文化』と『占領の記憶/記憶の占領』(共に今では岩波現代文庫で読める)はもちろんのこと『ジャズ喫茶論』の紹介は欠かせない。それでこそ酒友としての厚みが増すだろう。

内田樹に向かって「この人、本物かいな?」というセリフを吐きたいのなら、最低でも『困難な自由』に目を通したうえで、内田樹のレヴィナス論三部作の一作目『レヴィナスと愛の現象学』(せりか書房)を熟読してから判断するのが礼儀であろう。

そんな悠長なことはしてられないというのなら、凱風館に行って内田先生にお手合わせを願い、たちまち投げ飛ばされてみれば(そんな乱暴なことは、内田先生はしないが)、「この人、本物かいな?」などというセリフは金輪際口に出来なくなるであろう。

『サル化する世界』を読んでの感想自体は、私と粕谷大人の間にたいした差はないであろう。ただし、「この人は本物だろうか?」という疑念が私の脳裏をよぎることはない。

「内田先生、こんな本を書く暇あるのなら、ライフワークのレヴィナス論の第三作目『レヴィナスの時間論』(仮題)の完成に全力を傾注して下さいよ!」と思うだけである。

Re: またまた刺激です。 - 粕谷隆夫

2021/02/23 (Tue) 09:07:01

 今朝会社に来て談話室【水源地】の扉を開いたら天道兄の文章があり、またまた刺激されました。ほんとうに小生の使っていない脳の部分が眼を醒まされます。そして内田先生(ウチダタツル)の出会いがいつだったか、その文章を探しました。小生、ガッティと同じく、新聞の切り抜きをヒントにしています。

 ありました。2006年(平成18年)7月5日(水曜日)毎日新聞。【死者との向き合い方】緩和医療学会というところのシンポジウムに招かれた先生は書く。『死者とのコミュニケーション』ということが私の専門的な研究のひとつである。『人間は死者とコミュニケーションできる』という信憑を持たない社会集団は存在しない』と私は述べているに過ぎないが。第一次世界大戦の後、ヨーロッパの国々は競って戦死者を弔うために巨大なモニュメントを作って慰霊しようとした。だが、その巨大墓碑はむしろ列国のナショナリズムと復讐心に点火し、結果として巨大な破壊と死を世界にもたらした。

 これは死者を葬り損なった【誤った儀礼】の一例である。【誤った儀礼】が災いをなす。あれ、独特の視点と思いました。『あなたは何をしたかったのですか?』という問いは必ずやエンドレスのものになる。そして、その終りのない問いかけを通じて、死者はいつのまにか立ち去るのである。そして最後の言葉が詩になっていました。『死者はとどまることを懇請されると立ち去り、追い払われると戻ってくるのである』。

 このひと小生にとって、要注意人物となりました。ただその後、こちらがベストセラーになった【日本辺境論】や【私家版・ユダヤ文化論】など手元に入るものしか読まず、バカの壁に留まりましたね。でも【先生はえらい】は高校生の武器になるのではありませんか。・・・しかし、天道兄は魅力です。われらの仲間にこんな人はいません。まあ、世捨人の峯雲先生か。そういえば古本屋のオヤジ、『貴重本があった』と喜んだかも。

 昨日は、健康診断をやっても二次検査からいつも逃げていたので、強制的にガンを見つけに逮捕されました。緩和医療が見えてきましたか。

Re: 質問 村野克明

2021/02/24 (Wed) 01:15:19

粕谷 様

巨大墓碑が「死者を葬り損なった【誤った儀礼】」というのは、具体的にどういうことでしょうか。

たとえば、国家が、遺族の許可を得ないで、勝手に「巨大墓碑」に、第一次大戦での戦死者を葬ってしまった、それが問題となった、という意味でしょうか。

一般的にいって、国家による戦争の犠牲者の追悼儀礼は、当該の犠牲者の家族がそれぞれ独自にやるべき私的行為である。だから、そこに国家の出てくる余地はない、という考えは、私は理解します。

もちろん、国家は責任をもって国家としての追悼行為をせよ、という考え方があることは知っていますが・・・。

が、と同時に、国家の責任の取り方の中に追悼行為を含めるべきでない、という考え方もあるわけです。

繰り返しになりますが、死者と生者との間の(追悼)儀礼は全く私的なものだから、その私的空間に、国家が介入するのは、おかしい、と言う論理です。

Re: 誤った儀礼という視点 - 粕谷隆夫

2021/02/24 (Wed) 07:45:16

 内田先生には紙数が足りなかったのでしょう。あくまでも【誤った儀礼】という視点にみなさん注意を喚起すべきと言っています。ここが新鮮で、小生には面白かった、ユニークだったと感じ、はじめてこの方を知りました。

 こう記しています。だから、緩和医療の従事者がなすべき仕事があるとすれば、それは患者を『理解する』ことや患者の思いを『聞き届ける』ことでもないだろう。そうではなくて、死にゆくものに向けて、『あなたのことをもっと知りたい』という懇請の言葉を告げること、死者以外にその空隙を埋めることのできない欠如を穿つことである。私はそう考えている。

 これは『水脈』というコラムで、毎月第一水曜日に掲載された。内田先生、荒川洋治、苅部直の3氏が交代で執筆している。

舎人公園河津桜(続報) - 吉澤稔雄

2021/02/20 (Sat) 13:50:53

前回の舎人公園河津桜の報告から1週間。今日はその続報です。

今日見に行ってきたところでは、まだ2~3分咲きといった状況です。もう少し開花が進んでいるかと思っていたのですが、今週は寒い日が2~3日ありましたので、少し遅れたかもしれません。見頃はもう少し先、来週あたりになるでしょうか。

桜にメジロ - 吉澤稔雄

2021/02/20 (Sat) 13:56:42

桜の写真を撮っていたら、偶然メジロがやって来て、枝先を忙しなく移動し始めました。蜜を吸っているところをパシャ!

これも偶然 - 吉澤稔雄

2021/02/20 (Sat) 14:01:31

偶然見かけた桜の木のプレート。俳優の久野四郎氏の名が書かれていました。

Re: 吉澤編集長の好きなひと - 粕谷隆夫

2021/02/21 (Sun) 09:27:35

 しかしプロ並みの腕前ですね。メジロ、良く撮れました。久しぶりです、メジロの姿。

 吉澤編集長の敬愛する作家、澁澤龍彦の本の記事を見ました。この方も久しぶりです。【澁澤龍彦のイタリア紀行】(新潮社・¥1,500)です。この耽美と奇想の作家が一番気に入った土地がイタリアだったらしい。久々のシブサワ・ワールドですか。


Re: 桜にメジロ - 成田傑

2021/02/22 (Mon) 13:49:38

TVで「菜の花に河津桜」が流れるようになりました。
花より メジロ に目が行きます。
団子より桜もちの季節です。

翻訳者の座談会 - 成田傑

2021/02/20 (Sat) 10:16:11

他言語ではどう読まれたか?
計5回開催が予定されている。

2月3日の新聞より

Re: 国際交流基金と文化庁 村野克明

2021/02/20 (Sat) 21:57:01

日本文学の外国語訳の奨励については、独立法人「国際交流基金」と文化庁が進めています。

前者では、「翻訳出版助成」という事業を毎年やっています。後者では、「翻訳者育成事業(翻訳コンクール)」です。(各々のホームページをご参照ください)

どちらも、外国人研究者による日本文学作品の(外国語への)翻訳を、促進しています。

須賀敦子が一例ですが、もちろん、(外国人でなく)日本人でも、日本文学作品を外国語へ積極的に翻訳し得る人材もあるわけですが・・・。


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