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吉澤編集長へ - 粕谷隆夫

2020/09/26 (Sat) 12:28:16

さすが吉澤編集長。おフランスの香りですね。想い出が湧いてきますか。しかしこのような写真を添付するには、いかなる手段を用いるのか。まったく不明です。

南会津の果てに新潟県に貫通する只見線が走っています。もちろん只見駅があり、1日に3本発車しています。そこに驚くべき古本屋があります。 【たもかく本の街】古本を売って森のオーナーになる。150万冊。田島から国道289号線を走るが、コンビニはまったく無く、食堂も無い。そして、田子倉湖のどでかいダムにぶつかります。しかしそこに本屋があります。旧国鉄の貨車が並んでいて、そこにも本がビッシリです。『何なんだ、これ?』。

『物流の営業だ』と言って県境をいつも彷徨っていますが、誰も信用していないのが、手を取るようにわかります。

写真の貼り付け方 - 吉澤稔雄

2020/09/26 (Sat) 14:30:56

粕谷大人殿

パソコンのドライブやらフォルダーの概念がないという前提で、いちばん簡単な方法を説明します。

①デジカメをUSBケーブルで接続し、この投稿フォームすぐ下にある「画像」の「参照」ボタンを左クリック。
②デジカメに割り当てられたドライブを左クリックすると「DCIM」というフォルダー現れるので、これをダブルクリックで開く。
③「100XXXX」というフォルダーが現れるので、これをダブルクリックすると、写真が表示される。
④貼り付ける写真を選択し、右下の「開く」ボタンを左クリック。

以上で投稿文の中に写真を貼り付けることができます。但し、あまり大きな写真はサーバーからはじかれて貼り付けできません。撮影に際してはデジカメ側で小さなサイズ(640 X 480ピクセル程度)に設定しておく必要があります。なお、画像サイズは1280X960ピクセルくらいまではOKのようです。

スマホならカメラ・アプリがGooglePhotoに連動しているので、写真の取り込みはもっと楽なんですが……。ガラケーでも、データ通信ケーブルで直接PCに繋ぐことができるものならば、写真の取り込みは楽ですよ。

まぁ、ものは試し。一度やってみてください。

成田傑さんへ - 粕谷隆夫

2020/09/26 (Sat) 06:10:27

あれ、と思う間もなく、関八州も秋めいてきて、半袖が肌寒くなり長袖に変えました。まさに暑さ寒さも彼岸までですか。北海道歳時記ではちょっとズレますが・・。

先般の成田さんの文章に、朝日文庫【北海道へ】と書いてあり、どうも引っかかって会社の書庫へ入ったら(北海道コーナーがある)ありました。朝日新聞社編、【北海道へ】朝日文庫 2008年7月30日第1刷発行。12名のエッセイを集めているが、おそらく山口昌男が載っているので購入したのか?今見ると、8枚の写真が美しい。

コーナーの中心は、昭和52年から平成にかけて刊行された北海道新聞社の【さっぽろ文庫】が中心になっています。第1巻の『北海道地名考』から第72巻の『札幌の邦楽』(平成7年3月)までは揃っていますが、あとが途切れています。なぜだろう~、しかし理由が分かりません。情けない。

ボロボロになっているのが、更科源蔵【札幌放浪記】創樹社。川上澄生の版画も良い。札大ロシア語7期生に親戚の方がいました。村野兄が詳しいです。

本の話が届くと、やはり本の回顧談になりますね。酒の話が届くと酒の話柄になるのと同じですか。編集部が全員集まって一献やる楽しみはまだ未定です。



本の回顧談 - 吉澤稔雄

2020/09/26 (Sat) 09:32:57

本の話に触発されて書棚の中の最も古そうな本を引っ張り出してみました。

いちばん古いのが、ルネ・ドロー著『ジャーナリスト・スタンダール』(1948年メルキュール書店刊)。次に古いのが、トーマス・マンの短編集『絶望』の仏訳本(1957年書肆アルバン・ミシェル刊)。いずれも仮綴本で、天・地・小口はすっかり炭化して古色蒼然となっています。中身はろくに読んでいないのですが、こんなものも捨てられず、いまだに書棚の隅に置いてあります。

多読家で、読んだ本は次々処分してしまう天道氏とは大違いです。

コロナ時代のエピソード 村野克明

2020/09/24 (Thu) 01:35:24

今回も校正をやらせてもらったのですが、6月は原稿が途切れなく流れてきて、作業がやりやすかったです。4月以降、「コロナ禍」で自宅にいる時間が増えたせいもあります。寄稿者の皆さまのなかにも、自宅にいる時間が増えた、そうしたなかで執筆した、というかたがおられるかもしれませんね。

私は「水源地」2号の編集後記(の分担分)をああした文面にしました。
ですから、遅ればせながら、今、この「談話室」の場を借りて、5月、6月と原稿を寄せて下さった皆さまのご協力に対して、校正係として、感謝申し上げます。

日本政府の「非常事態宣言」の期間中に、モスクワ在住のロシア人の日本学者(病院経営学などの専門家)に何かロシアのコロナ流行について書いてくれと頼みましたが、これは軽くかわされました。

同じ時期、日本国内の某大学の医療従事者養成部門の専門家(日本人)にも原稿依頼しましたが、「オンライン授業の準備などで今は心の余裕がない」と断られてしまいました。

読者によっては、なぜ今の時期にコロナに触れた文章がなかったのか、というご意見もあるかもしれませんが、編集する一人として、上記のような、わが尊敬する知人お二人への「しかけ」(原稿依頼)をやってみた、ということはありました。

ヒト様の原稿を集めることよりも校正の方が楽です、たぶん。

吉澤編集長、粕谷発行人に敬礼!!

Re: 峯雲先生 - 粕谷隆夫

2020/09/24 (Thu) 10:59:09

村野兄、大物を忘れています。水源地編集委員会は四名です。大会社をサッと捨て去り、急に隠遁の志を示し、『横山の奴、どうしちゃったのだ』・・・諸侯(会社)召せども往かず、啻老荘の如きを楽しミ、偽死の挙に出たあの司馬江漢の道を歩き始めた峯雲先生のことです。

【水源地】2号、必要冊数200部、この経費をどうするか編集室の我らが考える暇なく、ポンと印刷所に札束を置いてきた。『俺は世捨人だ。金はいらぬ』『君たちは大悟していない』ときたもんだ。

江漢、町で人が呼び掛けると、死んだ人間が口がきけるか、と言って知らん顔で立ち去った。峯雲先生もこの口か。

無といふもあたら言葉の障りかな
       むとも思はぬ時ぞむとなる

文政元年十月二十一日、死去。 享年七十二。

高取さんへ - 天道公平

2020/09/22 (Tue) 16:15:47

《去年マリエンバードで》を見終わった後の頭上の「???」、高取さん、その「???」だけを大切にしてください。 

監督本人の自作解説や批評家の解釈や評論家の説明を鵜呑みにして、安易に自分を納得させたりしてはいけません。

「???」のただ中に全身をさらすことが、周囲を取り巻いている《意味の呪縛》から解き放たれる唯一の機会です。

「???」こそ、まだ言葉にもならない新たなコトバが産み出されてくる始源の場となるはずです。産みの苦しみは、耐えねばなりません。

天道様 初めまして 髙取弘子

2020/09/22 (Tue) 23:15:32

天道公平様
ご助言、拝聴致しました。有難うございます。

何事にも自問自答、いろんなこじ付け、解釈をして、自分を納得させるような性格が有ります。
そして、誰かに褒められるとまでは言わないまでも、同調して戴き、安心するような。

答えの見つからない、定まらないことは気持ちが悪い、耐えられないことですが、この苦しみに耐える必要があるのですね。
しかし、耐えるだけでは終わりたくないのですが。

Re: 高取さんへ - 天道公平

2020/09/23 (Wed) 12:25:24

耐えるだけでは終わりません。産みの苦しみには、必ず結果が伴います。
たとえそれが流産や死産に終わったとしても悲しむには及びません。
この世には自分の理解も共感も届かない想像を絶する世界があることを知っただけでも、充分過ぎるほどの成果ではないでしょうか?

「耐えるだけでは終わりたくない」という思いが生じてしまうのならば、それは耐える必要も必然性もないことに関わってしまっているからです。敬して遠ざけておきましょう。

Re: 高取さんへ - 吉澤稔雄

2020/09/23 (Wed) 12:59:02

何やら教理問答のようですな。どうツッコミを入れたらよいか迷うところです。

「♪ソッ、ソッ、ソクラテスかプラトンか〜。みーんな悩んで大きくなったぁーっ!」……昔、野坂昭如がウィスキーのCMでこんな歌をうたっていたのを思い出しました。

編集長へ - 天道公平

2020/09/23 (Wed) 18:00:13

場違いな雰囲気を作り出して申し訳ありません。

家人に強要されてスマホを買わされた私が、新しいオモチャを手にして調子に乗ってしまいました。自重します。

sensibilité - 吉澤稔雄

2020/09/23 (Wed) 22:29:19

天道様

ちょっと交通整理をさせてもらいました。それにしても、さすが天道さん、スッゲェ読解力ですね。言霊へのsensibilitéは実に素晴らしい。

でも、スマホって面白いですよね。最高のデジモノ玩具ですよ。

スマホの練習用には、下記の掲示板「愚者のぐうたら猫日記」もご利用ください。
http://bbs4.fc2.com/php/e.php/60100/
猫談義でもしましょう。

特定の固有名詞・・ポイントです。 - 粕谷隆夫

2020/09/22 (Tue) 08:16:07

『特定の固有名詞を知っているか、知っていないかだけで、その人の持っている知識の風景、あるいは精神生活の一端が垣間見える』・・天道さんのこの言葉、至言です。

今までの経験で、見知らぬ3人が出会い、会話を続けていくうえで、固有名詞ひとつで、歴史で行くか、経済で行くか、哲学で行くか、文学で行くか一瞬で判明いたします。

高校時代の吉澤編集長が手渡してくれた【消しゴム】、正直、推理小説のような記憶しか残っていませんが、あの天井の低い台東区立図書館の雰囲気が鮮やかに甦りました。峯雲先生もときたま同行していたようですが・・・。

村野さんへ - 天道公平

2020/09/22 (Tue) 00:08:51

私の末尾の文章は、村野さんただ一人をターゲットに書き加えられた一文です。 

文脈とは何の関係もない唐突なベルベーロワの登場は、「村野さん、頑張って『強調は筆者』を訳してくれないかな」との願いが込められています。

その願いが届くかどうか心もとなかったのですが、今回、強力な援軍となってくれそうな高柳聡子さんの存在を教えて下さり、一筋の光明が射し込んできたような気がします。

高柳さんを説得して『強調は筆者』の邦訳が実現する運びともなれば、私にとっては望外の喜びとなります。

「この世界が複雑で矛盾に満ちたものであることを、最後までまっすぐに受けとめた人」と簡潔かつ的確にベルベーロワを評することのできる人はそう多くはいないはずです。

「一篇の無題の詩があれば出会いには充分ではないか」
こんなことをサラリと書ける人もあまりいません。言葉を大切に扱ってきた人だということが良く分かります。こういう人にこそ訳してもらいたい。村野さんのこれからの奮闘に期待しています。

Re: 天道さんへ 村野克明

2020/09/22 (Tue) 01:14:32

まったく同感です。

天道さんが引用なさった「この世界が複雑で・・」と「一篇の無題の詩が・・」の文を目にして、これはぜひ高柳さんに「強調は筆者」の翻訳をやってもらいたいものだ、と私も感じました。

ちょっと時間をください。
どのように高柳さんに働きかけるか、少し考えてみますので。

無題 髙取弘子

2020/09/20 (Sun) 12:44:45

深夜から早朝に渡っての皆様の書き込み。
私は熟睡の最中?。

吉澤編集長のお写真、ぶっ飛びました。
高校卒業後4年位の間に何があったのか、皆様高校時代の面影はなく、辛うじて草野様のみ判別可能。粕谷様は高校時代を存じ挙げてなかったので(ご免なさい)現在へのお変わり様にもっと驚愕。
♪あの頃の皆に戻って、もう一度逢いたい♪、です。

映画「去年マリエンバードで」は就職してから先輩に連れられ見ました。頭上に「???」が・・・。今なら違う思いがあるかも、です。

Re: 無題 - 吉澤稔雄

2020/09/20 (Sun) 14:57:38

髙取さん、実はもっとぶっ飛ぶ話がありまして……。

我々が北海道を訪れた前年(昭和47年)の秋、偶々詩人の黒田三郎氏と飲む機会があり、私は酔っ払った黒田氏に手を握られて……。

詳細は下記の拙作『〈学校〉へ行こう』をお読みください。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/jardin/journal/070927.htm

追伸と共に 髙取弘子

2020/09/21 (Mon) 10:44:29

「学校に行こう」拝読しました。仏文学の素養もなく、黒田三郎先生も存じあげないですが、青春の1ページとして面白かったです。ロングヘアーのスレンダーな美青年、フランス、そして日本も含めて文化の一面を担っていますよね。
吉澤編集長とは高校2年時同級生。英語の不得手な私は英語力抜群な吉澤様は恐れ多く、私だけではありませんでしたが、「ソーシャルディスタンス?」を保ってました。
「学校へ~」以外も読ませて戴きたいです。

追伸
昨日のメッセージ、大切な事が抜け落ちました。
忍ヶ岡の男性の方々、皆様、素敵

Re: 追伸と共に - 吉澤稔雄

2020/09/21 (Mon) 22:00:06

いやいや、お恥ずかしい限りです。若い頃はシャイで人見知りの性格ゆえに、人を寄せつけない鎧で身を固めておりました。それで敬遠されていたのか……。

己の平凡さを知った今はすっかり角が取れ、肩肘張ることもなく、ただのインチキゲンチャの好々爺になりました。

天道さんへ 村野克明

2020/09/19 (Sat) 23:35:14

今回の天道さんの文章の末尾(74頁三段目)に、

「ニーナ・ベルベーロワ(8.8.(26.7)1901-26.9.1993)の自伝「強調(イタリック)は筆者」が邦訳されるような時代になるまでは生き延びたい。」

とあります。

今、ベルベーロワの詩(ロシア語)が、かなり、ネット上で公表されています。

以下の詩は、東京外大の講師の高柳聡子さん(早大大学院出身。19世紀、20世紀のロシア女性史、他)が翻訳したもの。そのあとの文も同様。

ネット上でロシア語原詩を探しましたが、見つかりませんでした。今度、直接、高柳さんに訊いてみます。その際に、「強調は筆者」を翻訳せよ、と頼んでみます。(今まで、邦訳は「チャイコフスキー」と「伴奏者」)

https://note.com/richinka/n/n95c3bce36de5

Satokotakayanagi
2020/04/22 16:46  

***

凍てついた晩に ふざけて口にしたことを
朝になって 嘘だったとは云うまい
なにかの足あとが 星のように
雪のうえに つづいている

さようなら 副馬たちが眠たげに
ぴんと張った手綱のさきで 身を震わせる
揺れでもすれば かしいだ頸木の端を
道標が引っ掻くことだろう

黒ずんだ轅が 不規則にたわむたびに
わたしは思いだすのだろう 
あそこでは 友らが笑い
いつもと同じ椅子や机があることを

暖かで重い扉の向こうには
湯気に 煙に 声
そうね 今日の私は最後まで
強情で朗らかだった

そうね 誓いは朝にしましょう
私は太陽がこわいから
嘲笑われた誓いはすべて
翳くなってから果たしているの

***

ニーナ・ベルベーロワ(1901-1993)のことを”亡命文学最後の花”などと呼ぶのはやめにしよう。そんなコピーは、私のようなひねた読者を遠ざける。
あるとき、ある人からベルベーロワの本を一冊もらった。もう要らないから、と。頁をめくると晩年の詩人の言葉が目にとまる。

「私の人生はとても幸せだった、つまり、とても孤独だった」

詩人との出会いは、詩人自身の言葉との出会いでしか叶わない。ベルベーロワの言葉は常にすっきりとしていて強い意志をもっている。20世紀を生き抜いた詩人は、この世界が複雑で矛盾に満ちたものであることを、最後までまっすぐに受けとめた人だ。

彼女を有名にしたものの名をここでは挙げずにいよう。一篇の無題の詩があれば出会いには充分ではないか。

その節はありがとうございました - 天道公平

2020/09/20 (Sun) 10:43:45

『水源地』の打ち合わせのために村野さんに会うという話を編集長から聞いた私が、「エッ、ホントですか?サインもらって来て下さい。」とミーハーなお願いをしたところ快く引き受けて下さり、『東京を愛したスパイたち』をわざわざ持参してくれた編集長とそれにサインをして下さった村野さんに、改めてこの場でお礼を申し上げます。
今回紹介して頂いた高柳さんのサイトを覗いて見たところ、新しい世界への扉を開いてくれる言葉の宝庫であることを知り、思わず読み耽ってしまいました。
隣で家人が、「いつまでやってんの!早くスマホ返して!」とせっつくので、今回はここまで。

Re: 天道さんへ 村野克明

2020/09/20 (Sun) 11:51:55

ご指摘の通り、高柳さんのサイトは#の項目が幾つかあって、さらに広がってるようですね。私は漫然と眺めていて、うっかりしてました。ご指摘、ありがとうございました。
小生の拙訳本、ご購入いただき、あらためて心から感謝申し上げます。
バリショーエ・スパシーボ!!!

追伸 村野克明

2020/09/20 (Sun) 00:08:13

先の「天道さんへ」の前段の部分、「そのあとの文も同様。」と書いたのは、翻訳詩のあとの文章は高柳さんの筆になる、という意味です。翻訳文ではありません。

なお、ベルベーロワの邦訳作品の「チャイコフスキー」と「伴奏者」は詩ではなく散文。

以上、念のため。

色褪せた写真 - 吉澤稔雄 URL

2020/09/15 (Tue) 22:16:15

こんな写真が出てきました。元はカラー写真だったのですが、今ではすっかり色褪せてほぼモノクロになっています。昭和48年9月初旬、場所は羊ヶ丘と記憶しております。

左から草野義彦、粕谷隆夫、横山峯雲、そして私吉澤稔雄。いやぁ、みんな若かった! これ、笑えるでしょ?

もう1枚おまけ - 吉澤稔雄 URL

2020/09/15 (Tue) 22:59:09

もう1枚おまけ。札幌大通り公園にて。左から、吉澤稔雄、佐々木峰雪、粕谷隆夫、横山峯雲、草野義彦。あらためて笑ってやってください。

Re: 色褪せた写真 - 粕谷隆夫

2020/09/17 (Thu) 06:12:34

写真、まいったです。でも我々はぜんぜん色褪せてないのが実感。小生、札大2年の秋、『寂しがっていると思って来たぜ』と四人の悪友が来道。いまでこそ脱俗している峯雲先生=横山、峯雪先生=佐々木は、暴れ回って高校をロックアウト、授業一週間停止して全校会議に持って行った。小林は美術とエレキギター。吉澤編集長は、忍の図書室の蔵書が少ない。俺は台東区立図書館を利用している。借り出した本を見ると、ロブ・グリエ【消しゴム】。誰これ?おそらく仏文の天道さんに聞くしかありません。
彼らが来道した時は、札大ロシア語研究会では、晩秋の語劇を【どん底】に決定したころで、居酒屋で『どん底の歌』を歌ったあと、四人は美幌峠へ去りました。以上

Re: 色褪せた写真 - 天道公平

2020/09/19 (Sat) 18:18:22

ロブ・グリエの事は直接編集長に聞くのが一番ですが、せっかく話を振って下さったので、仏文ではない私が違った角度からお答えしましょう。

「えっ、アラン・ロブ=グリエを知らない?」
それを知った時点で私は次のような事を考えます。
ということは、当然アラン・レネ監督の《去年マリエンバードで》は見たことがないだろう。ヌーヴェル・ヴァーグには興味がないのだろう。映画自体があまり好きではないのかも知れない。
当然ミシェル・ビュトールは読まないだろう。ヌーヴォー・ロマンを知らないということは、ヌーヴォー・フィロゾフはもっと知らないだろう。アンドレ・グリュックスマン、と言っただけでは話が通じないだろうetc.

特定の固有名詞を知っているか、知っていないかだけで、その人の持っている知識の風景、あるいは精神生活の一端が垣間見えてしまう事があります。
ロブ=グリエは、一時期のフランスでは、そういう試金石となるぐらいの影響力と知名度を持っていた作家です。


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